社員が辞めるとき

2020.08.10

後継者の皆さんなら会社で本当に辛く打ち拉がれる思いの一つや二つはあるのではないでしょうか。

例えば、信頼していた部下に別れを告げられた時。

あれは辛いです。

騙されたような、全人格を否定されたような思いに支配されます。

 

そんな時、楽になれる特効薬や解決できるノウハウがあれば知りたいですよね。

でも、私の知る限り、それはないです。

耐えて、また悔しさや寂しさが蘇ってきて、耐える。

その繰り返し。

そして、そのうち緩和されるのを待つしかないと思います。

 

社員から辞めますと告白された事。

今まで何回経験してきただろう。

正確には直属の上司か部長経由で、「社長お話があります」と来る。

直接来る場合もたまにある。

その時の表情やトーンで、大体の話の内容や原因まで分かるようになってしまった。

 

告白されて一番キツかったのは、僕が社長に就任する前。

将来有望で役員候補に挙げていた香椎くんがいた。

僕は彼を信頼し、彼が60歳になるまでの計画や二人で将来の会社のビジョンも語っていた。

 

香椎くんは大阪出身で嫁の実家が京都の田舎町ということで一緒に流れてきたパターンだ。

このパターンの社員は結構多くて、共通して皆優秀だった。

香椎くんが優秀で他の社員と一線を画すところは、挨拶する姿勢だ。

野球部出身が起因するのかどうかわからないが、いつも一度静止して45度頭を下げる。

これは私だけではなく周りの先輩社員にも同様なことをしていた。

本人はこれが特別な事ではなく普通だと思っており、違和感や擬古地なさは全くない。

 

仕事も優秀でデータベースを作ってエクセルで管理できるようにしたり、

わかりやすく資料をまとめるのも営業の香椎くんだ。

 

外見も爽やかな好青年で俳優の鈴木亮平に似ている。

また、協調性に富んでいて愚痴や陰口は彼から聞いた事は一度もなかった。

 

強いて欠点を挙げるとするなら、

どことなく一点の陰りのような一抹の不安を感じさせる表情をたまにする。

 

そんなある日、香椎くんから「社長お時間いいですか?」とあった。

 

僕は、先日から始まったプロジェクトの相談だろうと思い、

簡単な打ち合わせの部屋に入った。

 

開口一番。

 

表情を変えずに。

 

「社長、辞めさせて下さい。」

 

「え?」

 

「会社を辞めたいと思います。」

 

 

事態が飲み込めるまで少し時間がかかったように思う。

 

現実と現実を否定しようとする意識が交錯したその瞬間、

香椎くんの後方にあった白い壁がムンクの叫びのように

 

グニャ〜〜って

 

歪み出した。

僕が大学1年生の頃、結婚を約束するほど仲のいい可愛い彼女がいた。

講義が終わって、いつものように一緒に立ち寄る八王子の駅ビル。

話があるので少し時間いい?と聞いてくるので

なんか他人行儀だなと思いつつ、屋上のベンチに腰掛けた。

 

「あのね、私好きな人できたの」

「え?」

「だからもう会えないの」

 

その時も彼女の後ろのレンガの壁がグニャ〜と歪んだ。

 

 

たぶん、自浄作用なんだと思う。

変えられない現実と認めたくない意識が激しく交錯し視覚に変調を来たす。

日常は経験できない感覚だろう。

 

学生の彼女の時も部下から退職を告げられた時も、

理由も聞かずにその場から立ち去って、その日以来、会わないようにした。

 

後継者の皆さん。

 

後継者なら誰でも通る道です。

むしろ険しく辛い道を避けて楽で平坦な道を歩いていれば成長は望めません。

強い経営者になるための予防接種だと考えて前向きに受け入れましょう。