父の会社の忘年会

2020.10.18

忘年会の予約が始まりました。

今年はソーシャルディスタンスを考慮して広い会場から予約が埋まっていっているようです。

いつもと違うコロナ禍での忘年会ですが、乾杯が間杯となるような距離を取った忘年会ってどうなんでしょう。

今年が最初で最後であってほしいものです。

 

毎年この時期になると、在りし日の忘年会を思い出します。

覚悟して父の会社に入社したのは20数年前ですが、その時忘年会に親が同席する状況は想像してなかった。

 

思い出したくない若かりしころの私の失敗談だけど、後継者の方に参考になるかもしれないので書くことにしました。

父の会社の忘年会。

9月入社の私は会社の空気がなんとなく読めるようになった頃、はじめて父の会社の忘年会に参加した。

父の会社の忘年会も他社と大きな違いはなかった。唯一の違いは親が同じ場所にいるという事だった。忘年会に自分の親が同席ってありえない。わかってはいてもこの設定がなんともコミカルで初めての経験に思わず笑ってしまった。

そして、淡々と宴は始まりお開きとなった。

このあと何も知らない当時の私はおかしな失敗をおかしてしまう。

 

二次会、そこは禁断の場だった

宴会場の出口に数人の社員が集まっており、ガヤガヤと次どこへ行こうかと打ち合わせをしているようだった。

同年代で総務の女性社員チエちゃんに話しかけるといつもと違ってよそよそしい。それに他の社員の迷惑そうな視線を感じる。もっと社員のみんなと仲良くしたい気持ちが強くて、そんな周りの素振りは気にせず二次会へと向かう集団の後ろにヒョコヒョコと付いて行った。

あとで知る事になるのだが、忘年会の二次会は同族が立ち入ってはいけない禁断の場。年を締めくくる恒例の愚痴大会だったのだ。

二次会は元社員のママがやってる小さなスナックだった。そのママに見覚えがあった。私が幼少で会社がまだ社員数名の零細工場だったころ事務員として働いていた都子さんだった。

「あら、なおちゃん大きくなって。お父さんの会社に入ったんやねぇ。勇気あるわ〜、頑張ってな。」

激励とも嫌味とも取れる言葉に違和感を感じながら貸切となったスナックは技術部2課の石塚課長の発声で第二幕が開かれた。

すでにエンジンがかかった社員の酔いのピークは早かった。たまたま隣に座った寡黙な福田係長が抑揚のない口調でたずねてきた。

「ナオトくんの基本給ってなんぼなん? ボーナス出たん?」

私が回答するが早いか今度は乾杯の発声の石塚課長が、俺の給料安すぎるんじゃー!と叫んできた。

それに呼応するかのように一人また一人とシュプレヒコールがこだました。

 

はじめて知る社員の壁

僕は酔った頭のなかで整理する余裕すら与えられず、言葉を一つ一つ厳選して回答しようとしたが当時の私に何ができようか。彼らが満足のいく回答とは程遠く苛立たせる結果になってしまった。もちろんそうだ。入社して3ヶ月の新人の僕はこの状況が飲み込めず怯え上がっているのだ。

やばい。来るんじゃなかった。時すでに遅しだ。

完全アウェイで四面楚歌の中、僕のまわりを取り囲んだ社員は容赦なく一斉掃射した。どうして入社3ヶ月の僕に非難が集中するのだろうと茫然自失のなか考えた。そうだ、やはり僕は同族なのだ。同族なりにも社員のなかに融け込もうと3ヶ月努力してきた。けど、超えられない壁が目の前にあるとはっきりと感じた。

もう何を話しても論点がズレているので解決の糸口は見つからない。論点のズレとは何か。僕という人間の個性を彼らは認めていない。同族という偏見から抜け出さない限り平行線のままだ。

同族の僕ではなく、僕個人としての評価や信頼してもらうのにまだまだ時間がかかる。それを知るのは、ずっと後になっての事だ。

とにかく、今この場では僕はマイノリティだ。どこの世界でもマイノリティは弱者である。何とか穏便に納めたい。怒りと恨みで燃え盛る彼らをうまく収めるにはどうしたらいいか。

冷静にいけよ、穏便に済ませろ。と自分に言い聞かせた。

 

ブチギレる

給料、ボーナス、休暇など社員の3大権利の主張は言うに及ばず、元社員のママ都子さんまで自分がこの会社を辞めた理由を語り出した。ちょっと待ってくれ、あの当時、潰れそうな小さな会社で、父は金融機関や現場を必死で駆けずり回りほとんど帰ってくることはなく、母は経理で遅くまで仕事して、私は空腹を我慢しながら帰ってくる母をずっと待っていた。

祖父と両親が経営する会社の協力者であり同志なんじゃなかったのか。都子さんが何をすっ頓狂な事をいうのか理解する前に幼少から知っていただけに悲しかった。

その時、酒の勢いも手伝った中堅社員の土居が、言うに事欠いて社長である父の人間性を否定してきた。

こめかみの奥の方で小さく「ブチ」っと聞こえた。

また畳み掛けるかのように、どこで聞いたか知らないが我が家のプライベートや家系にまで口出ししてきた。

もう頭の中は処理が追いつかず、疲れ果て彼らの言いたい事はスルーしていたけど、これは聞き捨てならなかった。

我慢の限界。後先のことなんか1ミリも考えることができなかった。

「おー!土居ぃ!表でろ!ブッ飛ばしたらぁー!」

「それから石塚ぁー!オマエそんなに給料に不満があるんか。俺の給料全部お前にやる!受け取れるんか!?」

訳の分からない自分のロジックに呆れてしまうが、悔しくて思いのままを吐き出したらこうなった。

今まで大人しく借りてきた猫の豹変ぶりを見て、今度は彼らを怯え上がらせる結果になってしまった。

都子ママは尋常でない店の空気を感じて「お願いだからもうやめてー」と懇願してくる始末。

彼らは、何をするかわからない狂った目の前のヤンキーに怯えているというのもあるが、それ以上に同族を敵にまわしたという事実に怯えているという事は、酔っ払いの僕の頭でも容易に理解できた。

今いるこの場所は僕がいてはいけない場所なんだ。今すぐ立ち去れと誰かが囁いている。

薄暗い店内で財布から1万円を抜いて勢いよくテーブルにおいて退席した。

 

号泣した年末の夜

僕は帰路を歩きながら大声で泣いた。

親を侮辱される悔しさや社員には知らない同族の苦しみなど、はじめての目に見えない壁の高さを知った現実と次元が低過ぎる社員。

そしてあまりにも不器用な自分。

全てのことが混在し出てきては消えまた出てきては消えた。これからどうやっていって良いのか分からない不安と社員と懇親を深めるための忘年会が僕の暴言で修復不可能な結果となってしまったことなど。

それだったらこんな忘年会も二次会も来るんじゃなかったと激しく後悔した。もう父の会社でやっていくことは無理だ。自信がない。もう辞めよう。

 

2,000円ください

年が明け、新年初出社の日、総務のチエちゃんが小さく折りたたんだ紙を差し出してきた。

あの二次会のことを謝ってくれるんだ!

嬉々として紙を開けた。

すると「2,000円」と書かれていた。

なんと、僕があの時、威勢良く出したはずの1万円は千円だったのだ。

だからあと2,000円足りないという意味だった。なんとも格好悪い。

現実を知って、不安になって、暴言を吐いて社員と喧嘩して距離は広がるばかり、格好良く締めくくろうとしたけど結局ダサい結果になった。

 

全てのことは過ぎ去っていく

私はこれまでに数え切れないほどの失敗をしてきた。

悔しくて泣いて帰った若かりし頃の年末の夜。悔しくて、うまくいかなくて、辛かった。

でも、今思えば全ては過ぎ去っていく。

あの時は、親の会社なんか入らなければ良かったと真剣に考えた。

もうどん底で「出口」なんて全然見えなかった。でも、今思えば懐かしい思い出。赤面してしまうことや帰り道に大声で泣いてしまう純粋な気持ちを持った一人の青年がいたんだと微笑ましく思う。

そう考えると、過ぎ去った全てはいい思い出。

経験して、学び、過ぎ去っていく。

そして成長した自分に気がつくことができる。