コントロールできないこと

2020.07.06

後継者として生を受けたのであれば、必ずおとずれる絶体絶命のピンチの瞬間があります。

この瞬間をどう対応するかで、今後の人生を大きく左右するのです。

興味深いのは、この瞬間を覚悟と開き直るのか、それとも動揺してあたふたするのか、

今までその人が人生どう生きて来たかをうかがい知ることができます。





私の人生のピンチ


私の人生最大のピンチは2018年6月の株主総会で起こった役員によるクーデターでした。

このクーデターに至るにはちょっとした私の気の緩みから、だんだんと事態は大きくなってある時、

耐えきれずに爆破する感じです。

5年前に社長に就任したころ、仕事もプライベートも順風満帆で、今思えば人生絶好調そのものでした。

しかし、ふとした気の緩みから、魔の手はゆっくり忍び寄ってくるのでした。

事件の起こった株主総会の約2年前の春に私はマウンテンバイクで転倒し、

左足を複雑骨折してしまったのです。

人生初の全身麻酔の手術と1週間の入院。自立して歩けるまでに約3ヶ月もかかってしまいました。

あの時、友人からの誘いを断っていればこんなことにならずに済んだと後悔したり、

先導する友人はなんで事前に”滑りやすい危険な場所”と教えてくれなかったと恨んだり、

頭部ではなく左足の骨折で済んで良かったと希望を持つというより自分を慰めるようにしていました。

その事故から真逆の生活が始まりました。

立ち上がる時も他人に依存し、トイレに行く時も、ドアを開けてもらうのも、
車で移動するにも誰かに頼らざるを得ませんでした。

この時は気づきもしなかったことなのですが、

問題は骨折と療養によるものではなく、心が変わったということなんです。

今まで規則正しい生活のルーティンを送って来た私は、
長期のリハビリ生活によって精神状態が自分の意思とは関係ないところで
変わっていってしまったということです。

気持ちが前向きにならず、イライラすることも多くなり、無謀な投資に手を出したり、
自由に動けないことで憂さを晴らすようになったり。

自分で歩けるようになったくらいの頃から、夜の街に出かける堕落の日が増えて行くようになります。

そうすると、人間関係も変わり面倒な対応を余儀無くされることも増えてきました。

そうすると売り上げは落ちてくるし、社員のモチベーションは下がってくる。

会社が悪化するのは自分ではなく役に立たない役員のせいだと、自分の方針に従わない役員を排除し、
耳障りの良い役員や社員だけ集めて悦に入っていたのに気がつきませんでした。

結局、これらのピンチは私に多くの学びとなって返ってくるのです。

ですが、
ピンチはチャンスと世間では言いますが、
一度、どん底に落ちて底から這い上がってくるのは容易なことではありません(笑)



ピンチは突然やってくるとは限らない


あっという間の出来事でした。

25年かけて築き上げた私の牙城が瞬時に崩れ去った瞬間でした。

順風満帆と思われた人生が急転直下の地獄に真っ逆さまに落ちていく感じでした。

ピンチのおとずれ方は様々です。

・突然、親が病に倒れて会社を継ぐことになった。

・取引先による連鎖倒産も予期せぬ事態になった。

・投資で失敗した。

・信用して保証人になったがために多額の借金を抱えてしまった。

・たまたま通勤電車で隣り合わせた女子高生から痴漢容疑をかけられる。

もらい事故など理不尽な人生のピンチを上げればきりがありません。

全く不可抗力で襲いかかるピンチもあるのは承知の上で、

私のように、
気がつかないところで、
自分で無意識に火種を作って、
それがだんだん膨張していって、
ある時、
突然
おとずれる。





さてどうするか


実際に今から自分にできることは何か。

もちろん、すぐに前向きに考えを正せるメンタルの強い人はそんなにいません。

人間誰しもこれだけ状況が急変し、奈落の底に落とされると不安にもなるし錯乱さえします。

人はよく「前を向いて頑張れ」と口にするが、そもそもどっちが前で後ろかなんてわからない状況になってしまう。

前がなんとなくわかるには3ヶ月くらい要したと思います。


ストア哲学


そんなとき、ストア哲学に出会いました。

ストア哲学は数ある思想の中でも合理的で、科学的にも違和感が少ないと思います。

精神的であっても、人により解釈を容認し、実用性が極めて高いのもストア哲学の特徴です。

全てのものには原因があり、万物は自然のプロセスに従うという因果性を受け入れている。

ストア哲学の重要な教えの一つは、
「我々にはコントロールできるものとできないものがあることを自覚し、
コントロールできるものに注力し、コントロールできないものにとらわれるべきではない」というものです。

コントロールできないもの

他人と過去はコントロールできない。

言い換えれば、

私はクーデターを起こした役員や会社をコントロールできない。

私は悔い改めるべき過去の自分をコントロールできない。

逆説を言えば、

コントロールできるのは自分と今である。

知識で知っていた「自分と今」という言葉はこのような角度で見直すと、
実感はずいぶん違うということです。


しかし、すぐに受け入れることではない抵抗感も十分にあります。

不可抗力で自分にピンチが訪れる場合もあります。

他人の濡れ衣着させられることだってある。

自分の関係ないところで理不尽なこともあるし、
復讐という形で反発してみようとも考えてしまうのも異常とは言えません。

しかし、それで事態が改善しない場合、全ての努力が無駄になることを考えると、
起こってしまったことに抗わず、事実を受け止めて今目の前にあることに集中しよう、と思ったのです。


「川の底からこんにちは」

2009年 満島ひかり主演の映画です。

タイトルとパッケージだけ見ると、ふざけたパロディ映画のようですが、
意外と私の中では評価高いです。

本ブログのタイトルとは関係なさそうですが、
目の前に起こっていることに抗わず、開き直って頑張っていこうという映画です。

あらすじは、

OLの佐和子は上京して5年目で、仕事もさほど熱心ではなく、
恋人の健一はバツイチで子持ちの上司という、妥協だらけの人生を送っていた。

そんな彼女にある日父が入院したという知らせが入り、
田舎に戻って家業のしじみ工場を急きょ継ぐように言われる。

佐和子は乗り気ではなかったのだが、田舎暮らしがしたい健一の意向もあり、結局連れ子と3人で行くことになる。

しょうがない

満島ひかり演じる主人公の佐和子の口癖は「しょうがない」。

目の前に起こった事象に抗わないで、事実を受け止め、逃げようとはしない。

佐和子には会社を継ぐ前に地元に戻れない理由があった。

田舎町で駆け落ちしたことが噂で広まり、住民の格好の噂話になっていた。

また、親の会社が倒産寸前だったことも知っていた。

反発する古参社員、パートナーとの人間関係、蔓延する過去の噂。

過去と他人は変えられない

自分と今を変えるしかないと行動を起こし会社を立て直すというストーリーなのですが、

この映画に関心を寄せたのは満島ひかりが演じる佐和子の目の前に

起こった事象に対していつも自分にはコントロールできないことを意識していること。

現状に抗わず今を頑張るという表現した映画を見たのは初めてでした。

上映されたのが2009年なので、その当時は、

一生懸命な人生はカッコ悪いとか、日本はダメになるから田舎でエコライフ、
どうせ中の下の大した人生じゃないなど後ろ向きな思考が多かったのでしょう。

動員数などの興行を考慮して、面白おかしく構成されていますが、

若手のビジネスマンやそれこそ経営者、後継者に向けて、無駄なシーンはカットして

もっと、孤軍奮闘して売り上げにどんどん繋がっていくリアリティを出した作品に編集してほしいと思う。

今、この2009年に上映された映画に共感するのも、民主党政権で日本がすっちゃかめっちゃかになっている状況
とコロナで大変な状況が似ているからかもしれない。

まとめ

自分ではコントロールできないものがある。 
他人と過去は コントロールできない。
コントロールできないものに悔やんだりしても無駄。
今目の前の自分にできることを一所懸命にやる。 


他人も過去も未来も何が起こるかわからない。
今、自分が変わらずとも世の中が変わる、他人が変わる。