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第7話 最後の就業チャイム

2021.06.27

後継者の蹉跌

彼女を初めて見たのが、面接の応接室だった。

午前中だったと記憶している。

応接室にノックして入ると、

少し緊張した面持ちでソファの中央よりやや左側に遠慮深げに座った彼女は,

サッと立ち上がった。

第一印象は、素朴な昭和で、声も大きくなく、小さくもなく、

語尾の輪郭がはっきりしていて滑舌の良さは特に印象に残っている。

まだ流通してない新鮮さがあったと記憶している。

そんな彼女は「弁当忘れても傘忘れるな」で情緒ゆかりのある北陸の大学を卒業したのちデザイン事務所に入社した。

家の跡継ぎは弟に任せるつもりでいた彼女に父親の急逝の報せが入った。

残された母を不憫に思い、彼女はUターンを決意した。

今回の面接は第1段新人補充計画だ。

この採用計画は第3段まであり、

彼女はその第1段新人補充計画にエントリーしてきた一人だ。

1期から2期の間で男性4人、女性2人を計画していた。

女性の面接はその日だけで3人あった。

バッターが1球目を見逃す心理と同様に、

私も1人目はスルーする。彼女はその1人目だった。

私が面接で重要視しているのはバランスだ。

人間にはその人固有のバランスがあるといつも思っている。

バランスに違和感があると感じた場合は内面を隠して表面を作ったりするケースが多い。

タトゥーが入っている人に多いと感じる。あ、やっぱりなと思うことがよくある。

彼女は絶妙なバランスをとっていた。

まず、穏やかな修飾のない感じと「にしのなつこ」という小説の主人公になりそうなバランスが気に入った。

「西野奈津子」ではなく、「にしのなつこ」なのだ。

社長は自分の趣味で採用していると誰かが言った。

その通り。何が悪い。

履歴書よりもインスピレーションだ。文句あっか。

2人目、3人目も面接したが、

見逃すはずの1球目を私は、バックスクリーン目がけておもいっきり打った。

 

前社には入社ルーティンがあった。

採用後1週間は座学中心で社歴や取扱い製品、

技術の習得に充てるため、各部署から担当がレクチャーする。

社長も当然参加する。会社概要に始まり、

わが社の企業理念である3Cha精神を私がレクチャーする。

あとは1週間単位で各部署をローテーションし配属先を決定する。

配属希望が経理や営業でも同じローテは必須だ。

このローテにはまた別の意味もあり、

この期間で「合う」「合わない」をお互い吟味する。

残念な場合はさようなら宣言もする。

「さようならされる」ことは多くはないがあるにはある。

 

中小企業で新人教育をここまでするところは、そうない。

なぜ、そこまでコストをかけるかというと私が新卒で入社した会社の影響が大きい。

そこは特に新人教育にコストをかけていた。

創業者がリクルート出身ということもあって、教育にかけるコストは半端ではなかった。

最初にかけるコストは無駄のようでも意外と重要だ。

新入社員としては「大切にされている」思いが芽生えてくる。

仮に数年後退職ということになっても、他社で数年経験したのち凱旋することもあるし、

新入社員教育と言う社会で最初に受ける非義務教育は強い記憶として残る傾向が高い。

そして、引退した後も脳裏に残ってくれれば、後世に伝えたり、

派生するメリットはコスト以上のものがあると思っている。

 

なつこさんは期待通りの新人だった。

直属の上司とも相性が良かったらしく傍目から見ても楽しそうで、

成長していく過程が右肩上がりのキレイな曲線が目に見えるようだった。

彼女の上司や周りの仲間のサポートが素晴らしいのであって、私はなーんもしていない。

それどころかアホ社長はこんなことを考えていた。

 

じつは、今だから言えることだが、

彼女のいつか訪れる寿退社に複雑な思いを抱えていた。

結婚適齢期の彼女にそのようなイベントがあっても全く不思議ではない。

むしろ時間の問題だ。

理由はなんであれ社員から「お別れ」を告白されるのは辛い。

特になつこさんの寿退社は複雑だ。

祝福する一方、失うつらさ。

また、失うサンクコストも、まぁ、、ある。

そんなことを毎日考えていると、

無意識に彼女の足音や社長室のノックの強弱で彼女の気分までわかるようになってきた。

「おはようございますっ」

彼女はいつも輪郭のある声でブラインドを開けにくる。

「おはようーす」

私は表面は平常を保ちつつ、内心穏やかではなかった。

突然の告白にビクビクしていたのだ。

 

そこで私はやむにやまれつ特使を派遣することにした。

第1技術部のタコ焼きくんだ。

横から見るとタコ焼きみたいな彼も新人2年目だ。

愛嬌があって可愛らしく、自然に周りに人が集まるタイプだ。

顔の広さもあって、なつこさんともプライベートな交流もありそうだ。

「タコ焼きくん、ちょっと話があるw」

「いやぁ〜、なんすか社長〜」

「なつこさんて、彼氏おるん?」

「今いないっす。この前聞いたからまじっす」

「なつこさんにいきなり結婚するから退社するって言われたら、

オレ心臓麻痺おこすかもしれんやろ。

だから最初に聞いておいて免疫つけときたいわけよ」

「ぁ〜、わかったっすぅ」

こんな感じでタコ焼きから情報を仕入れたおかげで、

負けない免疫力を培うことができた。

でも、結局なつこさんから寿退社の告白をされる機会はなかった。

 

会社を去る日がやってきた。

もう社員は全員知っているだろう。

様子を偵察に来た若い社員もいた。

ダンボールでまとめられたもぬけの殻の部屋を見渡しながら

「社長、今度の夏のバーベキューの予算なんですけ、、ど、、」

ポカーンと口を開けたまま辺りを見渡したその目が合わない。

「バーベキュー? まだ先やん。それに、、」

言いかけて、

やっぱりやめた。お別れを言おうとしたが。

やめた。

社員全員に別れを告げようとしたが、

敗将は黙って去ることが美学と勝手に決めつけてやめた。

 

期限の6月30日、就業チャイムのメロディが鳴った。

会社で最後に聞くアニーローリーだ。

ほんま、この瞬間はなんとも言えない気持ちだった。

社長室の椅子から立ち上がって部屋を出るとき、

死刑執行を言い渡された囚人が牢を出る時、

心境はおそらくこんな感じだろう。

 

部屋から出ると、なつこさんはまだ仕事をしていた。

どうしよっかな〜、ここは沈黙の美学を貫く。。

あー、目があってしまった。

「あ、お疲れ様ですっ」

やばい。あー。

で、とっさに出たのが仰々しい挨拶だった。

「なつこさん、お世話になりました。今までほんとうにありがとう」

こんなアホ社長の情けない思いと感謝の気持ちで素直に出た飾りのない一声だった。

彼女は全てを察していた。

彼女の目が充血して涙が溢れるのを見て、思いがけず自分も泣いた。

なつこさんの寿退社の告白にビクビクしていた自分が、

なつこさんにお別れ告白してしまう結末。

人生というシナリオはイタズラとしか思えないのであった。

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