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第6話 古参役員の山田工場長

2021.06.22

後継者の蹉跌

山田工場長。

前社の役員で工場長。

高専(工業高等専門学校)を首席で卒業して、勤続40余年のプロパー役員がいる。

彼は生まれも育ちも京都府なのだが、言葉はなぜか名古屋弁だ。

そうだにゃ〜(そうですね)

うみゃー(うまい)

あんたは何だわいな〜(あなたは何をやっているの)

言っておくが、彼は名古屋在住経験は一度もない。

 

京都の北部に網野という地域がある。

ここは特異な地域だ。ここだけ抜き取ったように周辺の地域とは「言語」が違う。

丹後ちりめんが有名な地域で、男はつらいよ「寅次郎あじさいの恋」がロケ地になった場所で有名だ。

70年代は隆盛を極め、ひと織り1万円。ガチャマンと揶揄された時代があった。

その織物と名古屋弁にどうやら関連性があるようだ。

室町幕府の守護大名で足利の支族である一色氏が、三河国(愛知県岡崎市)を本拠地としていた。

一色氏はのちに織田信長の命を受け、細川藤孝とともに丹後を支配し住み着いた。

江戸後期になると豊田織機(現在の豊田自動織機)の職人が織物技術とともに移住することで、

丹後の網野に名古屋文化が定着したとも言われている。

この山田工場長は地頭は良くて、憎めない性格だ。

しかし管理職には少し残念なところもあると付け加えておかなければいけない。

バンバン、盲印押しまくる。

右から左にコンベアのように流す。

「じゃ〜くせぇ〜」

邪魔くさいのが理由らしい。

ある時、「工場掃除するんでルンバ買ってくれ」って平気で言って来た。

おいおい、工場長が言うか、それ。

 

一番、困るのは現場で起こった事故などを報告しない。

会社にとっては小さなことでも、今摘んでおかないと取り返しのつかないことはよくある。

そう言うのを無視する。

一度、知り合いの設備業者と立ち話で驚いたことがあった。

「え?社長、聞いてないの?オタクの山田さん、うちの設備壊したんだけど」

私は怒りというより、報告しなくても良い会社の社長として嘲笑されたことが恥ずかしかった。

 

管理にルーズな工場長だが、悪いところばかりではない。

長く現場を経験しているので、知識は豊富で人柄も緊張感を与えない朗らかで人望がある。

ミスタービーンを丸くした感じは、どこかマスコットっぽくて人気があった。

ぼわーんとした雰囲気でいきなり重要ポイントを修飾のない言葉でズバッと突いてくる事があって、よく役員会で「うわ!やべぇ!」と焦ることがあった。

 

人は100点の人間なんていない。

考えてみれば、技術力もあって人望もある。

そんな人が前社のような中小企業に40年以上も勤務してくれる。

そんなことを考えれば、なんと光栄なことか。

彼は報告しなかったのではない。

しにくかったのだ。

すぐに怒りまくるひと回りも下の私にガミガミ言われるのを避けたのは、

どう考えても、その空気を作っていた私に問題があった。

 

ある日、駐車場で山田工場長の社用車ボディ右側がボコって凹んでる。

塗装の剥がれ具合から、そんなに古くない傷。

それにたまたま気がついて、

内線で「ちょっとお話があるんで来てもらえませんか」と呼んだら、

スキップして鼻歌交じりに、小躍りしながら、社長室に入って来た。

 

「なんか楽しそうですね。ところで山田工場長、なんか隠してません?」

「何だわいな? なーんも隠しとらんのだわいな」

「車、ボディ凹んでますよね」

「あー、あれはにゃ〜」

彼は嘘をつく時、眼が泳ぐ。

追求すると、帰宅途中のコンビニで他車にぶつかったのだと白状した。

「それ、当て逃げじゃないですか!」

なんと、その場で被害者に謝って許しを得たのだという。当然、事故証明取ってないので保険の適用外だ。

塗装が剥がれたところはどうするつもりだったのかと確認すると、

タッチアップペンで塗り潰すつもりだったと言っていた。

卒倒しそうになるのを堪えて、なんで報告せずに黙っていたのか聞いた。

「忘れとったんだわいな〜」

「・・・・」

私はその場で辞めてほしいと告げた。

株は3年かけて自分が買い戻すことも約束した。

もちろん、なぜ、辞める必要があるのかもはっきり伝えた。

入社してから40余年。片道70km離れた町から2時間かけて通勤し、我が社の発展に寄与してくれた。

そして、彼は必死で先代を支えてくれた恩人だ。

でも、抑えきれなかった。あの時は。もう少し、自分に寛容さと言うものが備わっていたなら。

でも、無理だった。

山田工場長の目が充血し、天を仰いで涙がこぼれ落ちるのをこらえていた。

その姿に、一瞬、ドキッとしたが、支配した気になっている自分がいたことを、否定できないでいるのも事実。

それから1年と数ヶ月が経った。

退職してもらい再雇用になった山田工場長は、嘱託社員で少数株主の山田さんになった。

私が解任される総会の数日前、山田さんを呼んで、尋ねてみた。

「山田さん、ちょっと噂で聞いたんですけど。今度の株主総会でなんか企んでません?」

「なんだわいな。なんも企んどらーんのだわいな」

「いや、私を追放する計画があって、株主の票を集めてるって話を聞いたんですけど。知りません?」

「知らんわいな、、」

図星だ。

やっぱり。なんかある。

いつもより、彼の目が豪快にぐるぐる泳いでいた。

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