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解任直前の食事

代表取締役を解任される直前、私は出張で東京にいた。奇しくも25年前にこの会社に後継者として入社した最初の出張も東京だった。25年もの間、いろんな方々にお世話になって、紆余曲折ありながら壁にぶつかり成長もしてきた。
最後となる出張の晩飯はタイ料理だった。

一般的に6月は総会シーズンだ。私は協会や組合の理事もしていたため、この時期は特に多かった。わが社の株主総会の2日前は東京で某協会の総会。本当は他所の総会に東京まで来てる場合ではないのだが、今思えば呑気なものだ。

技術部の川上くん

昨年から単身赴任で東京に来ている香山くんという社員がいる。総会懇親会終了後、東京に単身赴任している川上くんといつもの五反田の待ち合わせ場所に呼び出した。

川上くんはこの会社では私よりキャリアが長い。専門学校を卒業した後、新卒で入社して流体制御の仕事に一貫して従事して来た。技術力に関しては文句なしなのだが、如何せん日本語がめちゃくちゃだ。敬語や謙譲語は変だし、漢字は読めない書けないの中学生に毛が生えたレベルだが、人たらしで愛されキャラだ。現場でも評価が高い。特に流体制御の技術は大手メーカーから直接オファーが入るほどの技術力だ。

私が東京に出張する時は客先との懇親会で遅くなっても、一人東京で城を守る川上くんに敬意を表し、よく五反田まで呼び出して焼肉、寿司、エスニックなんでも好きなものをごちそうした。食事が済むと、川上くんはいつもありがとうございましたと3千円のチャージ済みのSuicaをくれる。そういうところは残念ながら他の社員にはない。そんな彼特有の律儀なところが愛される所以だ。

今回はいつものお気に入りの香龍園ではなく、初めて行く五反田のタイ料理にした。なんの変哲ないどこにでもあるタイ料理屋。なんでタイ料理にしたのかわからないでいる。なんとなく、これが川上くんとの最後の食事になりそうな予感がしたのかもしれない。だから、甘辛酸っぱい強烈な感覚を思い出として刻みたかったのかもしれない。

また、いつか再会した時に「東京でタイ飯食って以来だな、元気してたか」みたいなまだ見ぬ風景を想像していた。

私は、タイ料理屋に行くと必ず注文するのが豚のラープと餅米だ。豚の挽肉を茹でてミントや香菜で和えたイサーン地方を代表する料理だ。私の中ではこのラープがタイ料理の基準になっていて、そのお店のクオリティを決定づける。ここのラープは、49点ってところだろうか。だから、この五反田のタイ料理屋は中の下となる。

自社株争奪戦が始まる

実を言うと、私は数日前から焦り、迷い、悩んでいた。解任動議が出されるかもしれないと噂で聞いていたからだ。まさか、過半数を超える株を持った父が解任動議を実の息子に出すはずがない。そう信じていた。過半数といってもその半数近くは母親所有株で母親は現在療養中で意思疎通はできない。だから、議決数に含まれない。そう考えると養子縁組の次男の創業者株がどう動くかだ。次男が私に委任すれば生き残れる。次男が父につけば万事休すだ。生死の確率は2分の1だ。必死で回避できる策を考えた。唯一の救いは、親が息子を殺すことはしない、と信じる事だ。

離脱

母親の無効株を含めた場合、株主総会の不調を主張し、臨時株主総会で解決する。解任動議が承認された場合は、不当解任で起訴する。その場合の勝算を考えると、半々だ。資金に余裕のある会社を相手に戦っても兵糧攻めにあえば、白旗を上げざるを得ない。仮に勝訴してもお互い傷だらけ、会社の名誉も毀損する。なにより、取引先や社員に迷惑がかかるだろう。

今、思えば親子の株争奪戦の末、裁判で争うという不毛の争いから、少し気持ちが離れて、現状に抗うのはやめようと、負ける覚悟をこの時、すでに心に決めていたのかもしれない。

最後の晩餐

川上くんは目の前に並べられたタイ料理を珍しそうに眺めながら、「辛い辛い」と連呼しながら手指についた甘辛ソースを舐めていた。今の仕事の進捗状況やこれからの予定をひと通り聞いて、次の話題を探そうとした頃合いをみて、メコンウィスキーをクピリと口に含んだ。

そして、香山くんに告げた。
「俺な、会社辞めることになるかもしれんわ」
「え!なんでですか?」
「うん、色々あってな」
「そんなんやったら、僕らも辞めますよ!」
「・・・・」

そう言ってくれたのは嬉しいけど。守るものがある人間が実行に移せるほど甘くないのもよく知っている。数分の沈黙の中で、私は香山くんとの思い出を回顧していた。中国の広州の現場で徹夜で働いたことや、和歌山や神奈川の現場も覚えている。

残りのメコンを飲み干して、店を出た。地下から上がったところで、「じゃあな。」と軽く交わして、彼は黙して会釈した。これが私の最後の出張の晩餐となった。まだ、決着が済んでいないのに、これが私の最後の出張と香山くんの後ろ姿が雑踏に消えていくのを見ながら、そう感じた。

歩いて駅に向かう途中の高架下で男性の易者と目があった。これから僕の身に起こる事を予言するかのようにじっと見つめていた。

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