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40年前の曲に後継者を想う

2020.07.16

後継者

あったまくるぜ全くよ
苦労もしねぇで***
ぼっちゃま育ちのもやし野郎
いい服まとってへなへなと
ただその家に生まれただけで
なーにが日本の***だ、何にもしねえでふざけんな

 

1980年という時代

これなんだかわかりますか? 1980年にリリースされたパンクロックバンド・アナーキーの「東京イズバーニング」という曲の一部です。

当時、メンバー5人が国鉄職員の作業服に安全靴で「亜無亜危異」と書かれたジャケットをみて衝撃を受けました。当時の夜露死苦を連想して失笑もしましたが。。

収録されたレコードには***の部分はピー音が入っていますが、誰が聞いてもどの単語が入るかすぐにわかります。小生には、畏れ多くて記載する勇気はありませんが、気になる方は他サイトでググってみてください。

まぁ、この時代ですからコンプライアンスも規制も緩い時代だったので発売ができたのですが、当然ですが今は廃盤になってます。CDにはこの曲が未収録となって発売されてます。

彼らに政治的な思想や体制を批判したいわけではなく、ロンドンのパンクに感化されて、過激なファッションとブームに乗っただけだと思います。

それでも、1980年というこの時代。戦争という黒い過去から平和や豊かさへの白い未来への移行する順応期だったような気がします。

ですから、それ以上の深い意味はないとは思うのですが、私にはいろんな意味で記憶に刻まれた曲なのです。

中学3年生の自分

3代目後継者として生まれた私は、当時中学3年生でした。進路も決まり、卒業間近の頃この曲を初めて耳にしました。

その時、なんかザワザワした苛立ちとどこかで誰かが嘲笑している感じを受けて、大声で叫びたい気持ちを抑えられずにいたのを覚えています。

この曲が批判している対象は他にあるのですが、世の中の金持ちやその子息のボンボンも対象になっているのです。努力しても底辺から抜け出せないでいる不満を「努力もしないで金持ち家庭に生まれただけで幸せなボンボン」に当たっている曲なのです。

当時の私が通う中学校の1クラスは約40人。そのうち自営業が一割、残りの大半は公務員でした。法人で社長の息子は自分ともう一人。

もう一人の彼は自分の親の会社よりも規模が小さく地味で目立たない感じなので、周りからは認識すらされていなかった。だから、自分ばかりが目立ってボンボンと揶揄するやつがいました。

あまり気にしないようにしてましたし、公務員家庭のようにウチは優しくないと啖呵きってました。けど、初めてあの曲を聴いたときはショックだった。

自分にあてられた曲に思えてならなかったのです。

苦労もしねぇで***
ぼっちゃま育ちのもやし野郎
いい服まとってへなへなと
ただその家に生まれただけでただその家に生まれただけただその家に生まれただけで

この一節が頭の中でリフレインし自分で自分を苦しめました。

変わった自分

私の後継者時代にこんな事がありました。                                       次世代のコミュニティで同世代のいわゆる「遣り手の後継社長」がいました。

その彼がとある会合で横の席で、こう言ったのです。                                「今日な、クライアントの社長に言われてんけど。君は実に楽しそうにやってるなぁ。羨ましいわ。2代目はええなぁ。悩みが無くてええなぁ ガッハハ。ってな」

それを聞いて、私はこう思ったのです。                                       「ま、確かに、みんな、後継者っていうとボンボンってバカにするよな。やってみたらいいわ。すぐにわかる。どんだけシンドイか。。」

すると彼が続けました。                                             「でもな俺、それ聞いたとき、やった!これで俺はこの社長に勝った!って思てん」

私にはその意味が理解できませんでした。                                     「え? どういうこと?」

「いや、ちゃうねん。みんなは知らんけど、俺らアトツギって普通の人とは違う苦しみとか、めんどくさいの、あるやん。それをクライアントに全く感じさせずに仕事まとめたんやから。俺は偉いw」

なんでも比較されて、違う素材として扱われ、うまくいって当たり前の評価。失敗したらバカ息子。

それでも、何があっても後継者の苦労や言い訳は微塵も感じさせないで、優雅にしかも楽しそうに見せることができた自分は、人間として他にはない幅も深さもある成長をしたと実感したと、その後継者は感じたのです。

外見やうがった先入観だけでみれば、たまたまその家に生まれただけのボンボンですが、その家に生まれたからこそ成長できる機会が準備されていると思えるようになったのは、1980年のアナーキーから20年の月日が流れました。

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