毛利元就の遺言

2020.11.28

兄弟で経営されている同族会社は、世のなかには少なくありません。3兄弟で経営すれば、「3人寄れば文殊の知恵」と言われるほど、強固な結束力を持ち、経営基盤の安定につながります。しかし、兄弟経営は良いことばかりではありません。有名ブランドの血みどろの争いや京都のカバンメーカーなど「現代版家督争い」は今も昔も変わりません。なぜこのような問題が起こるのでしょうか。

 

兄弟経営の「複雑」を実感する

私は一つ上に姉、九つ離れた双子の弟の四人兄弟です。この4人全員が経営に関わっていたので、ちょっと勘のいい人なら「大変だったんじゃないですか」と心配されるのではないでしょうか。

まず、四人兄弟と親との関わりなのですが、親は私長男を跡継ぎにとる予定で厳しい躾けと教育を施してきた、と思っています。それなりの労力も費用もかけてきたと思っています。大変感謝していると同時に、申し訳なく思っています。

九つ離れた弟にはある役割、親にとっての都合がありました。それがたまたま偶然の双子として生まれてきました。母は四人姉妹の長女なので、母の家を相続するため次男は成人したのち母方の養子となりました。母方の祖父の名前一字をとっていることから、計画的だったのは明白です。そして創業者で祖父の自社株を相続しました。

偶然の双子で、予定のなかった末っ子三男は、養子でもない、跡取りでもない、厳しく躾ける必要のない、ので猫のように可愛がられて育った。

この二人は将来経営に携わることはないと考えていたのでしょう。私に躾けられた帝王学のようなものはなかったように思う。客観的に見ていて「自分とは違う」といつも感じていました。少なくとも私がよく躾けられた「そんなことでは親方になれねぇぞ!」とは一度も聞いたことがない。

 

人生は親が描いたシナリオ通りにはならない

やがて、姉が結婚し、娘婿が経営に関わり、双子の弟も関わるようになってきました。

私は父と馴染めず会社を去ることになって、娘婿が継いだ。公務員家庭に育った娘婿と溺愛された弟二人。いわゆる帝王学とは無縁の環境で育ってきたものどうしが、肌感覚でリーダーになることや、組織をまとめていくこと、逆境でも立ち向かっていく強さのようなものに抵抗を感じながら、権威という名の下で経営をしていると思います。

兄弟仲良く、力を合わせて行けば会社は良くなっていく。とは、お伽話のようなファンタジーは同族会社にはないと思っています。

なぜ、うまくいかないのでしょう。昔から定番の家督争いや、奥様どうしの諍いだったり、兄弟の誰かのスキャンダルだったり、複数の要素が複雑に絡み合うので「自分の経験上でしか解決できないことが、全く違う場面で起こる」ので正解というものを導きにくい。

この複雑怪奇な茨の道を兄弟が節度を守って歩みを進めていくには、やはり、先代が指針を示す必要があるのです。

 

毛利元就は帝王学の天才

息子たちに指針をうまく示すことができた歴史上の有名な人物は毛利元就ではないでしょうか。元就の長男隆元、次男元春、三男隆景の3人にかなり厳しく教育しています。世間でよくいう「三矢の訓」は史実ではないらしいが、そのルーツになった元就の遺書があると言われてます。

毛利家文書に収められているその「遺書」は全文14ヶ条からなるが、その中に、「3人の結束が乱れると、毛利家は滅亡するぞ」と、兄弟仲良くする事を説いている。文書に残すだけでなく普段から元就は3人にこれと同じようなことを言っていたのでしょう。

また、毛利家の家紋は「三つ星紋」と言われ、中央が大将軍(長男)、両側が左右将軍(次男、三男)の三武が託されており、上部の一の字は、一番に勝つ、武人としてトップに立つという意味を込めて元就が息子3人に思いを家紋に託してます。

 

 

毛利元就も家督争いで苦しんだ

元就が息子3人に兄弟の結束を厳しく躾けたのには理由があります。それは、元就本人が相続をめぐって兄弟同士で激しく対立し、弟を殺して家督を継いだという経験をしています。そのため兄弟同士の対立がいかに不毛であるかを知っていたために、自分の子供に結束を誓わせているのです。また、この影には妻で母である妙玖(みょうきゅう)が夫の骨肉の争いを見てきたので、わが子だけには同じ轍は踏んで欲しくなかった願いも込められています。

繰り返しますが、初めからそうなるとわかっていたのなら良いのですが、何が起こるかわからないのが人生。経営に関わる家族も兄弟もどう変わっていくかなんてわかりません。しかし、誰が跡取りで他の兄弟はどのような形で支えていくかを明確に示し、文書に残すというプロセスはあらゆる場面で想定される諍いをヘッジする役割として非常に有効なものと思います。