最悪の事業承継

2020.12.25

同族企業が100社あれば、それぞれ100の課題があります。テンプレートを使って解決できるシンプルなものはほとんどなく、全てが完全ハンドメイドで取り組む案件はどれも初めて見る風景ばかりです。

その特異な課題の中でも、同族経営の課題には、ほぼ共通していることがあります。その課題の本質的な原因は族の心情に配慮していないことが挙げられます。

私が知る中でも、極めてハードな事業承継のケースをご紹介します。

 

最悪の事業承継

甲社は創業70年を超える製造業です。代表取締役であるAは、長男Bを後継者と決めて社長の地位に就け、自らは会長職に就任しました。

ところが会長Aの長女(長男Bの姉)の娘婿Cと長男Bの折り合いが悪く、娘婿Cは社長Bの指示に従いません。

また、会長Aは自社株を社長Bにも娘婿Cにも譲ろうとしません。そうした状況を快く思わなかった社長Bは社員持株会から株を強引に買上げ、支配権を強めようとしました。その状況に激怒した会長Aは社長Bを株主総会でクビにし、次の社長に娘婿Cを指名しました。

困ったことに娘婿Cは会長Aのいいなりで、社長の権威を借りて傍若無人に振る舞います。社員からの不信感は溜まり、次から次へと優秀な技術者や経理部長まで辞める始末です。

そんなある日、娘婿Cに追い詰められた工場長が社内で首を吊る事件が発生しました!娘婿Cに恨みをはらす遺書を残してあの世に旅立ったのです。

それを噂で耳にしたのは元社長Bです。烈火のごとく怒りをあらわにしました。会社をボロボロにされて、自分がかわいがった工場長を死に追いやった会長Aと娘婿Cを許せません。

そこで元社長Bがとった行動とは。。

 

なぜこうなったのか

①そもそも、長男Aはなぜそんなに急いで自社株を買い集めようとしたのか。長男Aの知識不足も指摘されます。娘婿Cと敵対していたことから考えると、株を集約させることで支配権を強めたい思いがあったはずです。しかし、会長Aから将来相続されるのは間違いないわけです。今そんなに焦る必要はなかったのです。顧問税理士やその他の専門家のアドバイスがなかったのはとても残念です。

②家長である会長Aが親族の心情に配慮していなかった。会長Aは、経営に関わる親族に後継者候補の指名と株の相続先を周知する必要がありました。この会長は典型的な帝王型経営者で死ぬまで院政を敷くタイプです。このような経営者を否定することはしません。信託や種類株式を活用するなり、やり方はいくつもあります。とにかく、後継者指名と周知が必要だったのです。もし、この指名と周知に問題があり、親族間で揉めるようなことがあれば、1期(2年)任期の様子をみて、相応しくないと判断された場合、娘婿Cに交代するなどルールをしっかり明確化していれば、会長はそのまま院政を敷いて、「お手並み拝見」とその様子を俯瞰していればよかったのです。

③もう一つ、株主を会社から排除するのであれば、たとえ親族であっても自社株は一株残らず買い戻すのが鉄則です。追放する側とされる側では感情の深さは想像以上のものがあります。

 

その後どうなったのか

元社長Bは社員持株会から買い集めた自社株を10%ほど保有したままでした。自社株の売却を考え始めたのです。

その時、元社長Bは新しい事業を立ち上げていましたので、お金に困ってやったのではなく、懲らしめたいのが目的でした。

なんと保有していた10%の自社株を関西にある反社会組織と思しき先に売却するという譲渡承認請求書を送ってきたのです。これに激怒した会長Aと娘婿Cですが、こともあろうに、「ただの脅しだろう」と取り合わずそのまま放置してしまったのです。

これに驚いたのは元社長Bです。当然会社側から承認拒否の知らせがあり、その後の手続きに、買受人を娘婿に指定する算段でいたのです。ただでさえ人手不足で経営がうまく回らない上に、娘婿Cの個人的な買取資金の負担は、懲らしめるのにちょうどいいと考えての策でした。

この譲渡承認請求の放置が命取りでした。会社法145条1号では「請求の日から2週間以内に通知をしなかった場合は承認を認める」とされています。

 

その後、直接聞いたわけではありませんが、会長Aが反社会組織より法外な価格で株を買い戻したという話を聞きました。少しだけの配慮がかけていた為に、娘婿Cと長男Bとが争うことになり、多くの財産と社員の人生を変え、一人の尊い命を奪いました。

本当に同族経営は複雑です。うまくいく簡単な解決はありません。しかし、「わが家、わが社に特有の問題」と思いがちですが、実は同族経営においてはむしろ「ありふれた問題」であり、家族憲章などの明文化されたルールで親族に配慮することで、本業以外の余計な困難を回避できるということを忘れてはいけません。